フランスの苦い思い出

帰国が迫ると
つい思い出すのは
パリの苦い思い出である

そんな苦い思い出があった私だが
パリとの縁は、尽きなかった

人生でフランスに
しかもパリに
住めることができた幸運

私は時々
それらのことを思い出す

私はフランス語とは無縁の人生であった
ましてや
フランスという国とも
無縁であった

学生時代にヨーロッパへ
バックパッカーとして旅に出た際も
メインはどちらかというと
ドイツ語圏で
魔女や魔法使いの歴史に憧れて
古城や森などを巡っていた

どちらかというと
西欧は
眼中にもなかったという方が正しい

ところが、である
何かの運命のいたずらで
私はスペインへ移住することになった

当時はフランス、スペイン、イタリアの
三か国で仕事をしており
フランスに本社があったため
自然と
フランスとの接点が増えていった

今でも鮮明に覚えている苦い思い出

それはスペインからの本帰国の時である

スペインから日本へ帰る際
フランスの本社経由で帰国した

最後のディナーに街へ繰り出そうと
乗ったタクシーだったのだが
コンコルド広場の近くで
事故に遭ったのである

そしてそのドライバーは
(どちらが悪かったのかは今となっては分からないが)
事故に動揺して
私たちを乗せたまま
その場を後に
走り去ってしまったのである

面倒くさいことに巻き込まれたくないと
同乗者の人が
とにかく、そこで止まれ、降ろせと
フランス語と英語で叫び

逃げ切るかのように
なだれ込んだ細い路地のところで
私たちは
タクシーを降りた

幸いにも身体は無事である

私たちは別のタクシーを乗り継いで
レストランへ向かい直した

なんとフランスは
思っている以上に
乱暴な国だなと感じた

仕事で苦しかった日々の思い出と
最後の最後に出会った事故

パリは
やはり嫌いだ

当時の私のパリでの思い出は
こんなものである

しかし不思議な巡り合わせが
世の中には存在するものである

その数年後
私はパリの街に
また降り立つことになる

パリのことを愛せるようになるのかと
内心不安であったが
それは
一瞬にして
消え去った

あの時フランスは
私に
また帰ってくるための
仕掛けとして

苦くてつらいできごとを
用意していたのではないかとさえ
思うのである

本帰国の度に
私はこのエピソードを思い出す
そして今日もなぜかふと

このことを思い出しながら
ハイヒールをスーツケースに
詰めるのであった

La Carrière -Mariko