典型的な日本人に足りないもの

メキシコ人の部下に
私が日本人の典型だと思ったら
大きな間違いであると
ある日突然、言われた

どういうことかと
聞いてみると

日本からやってきた出張者の人たちと
二週間ほど過ごした中で
分かったというのである

日本人は真面目である
真面目で礼儀正しい
でもいつも息苦しそうで
楽しみが少なそうに見える
というのである

私が不真面目で
礼儀正しくない、という意味ではない

いつも楽しそうで
息苦しい姿を見せるのではなく
いかに状況を楽しむか
考えているからであるというのだ

多分それは
他の国をたくさん見てきたからでもあり
その結果
日本人に足りないものを
生み出したか
作り上げたかして

私、という人格が
できあがったからからではないかと
部下は言う

私たち日本人は
真面目である
そして、他人に迷惑をかけないと言う点において
思いやりにあふれている

しかしながら

他人に合わせることと
他人に迷惑をかけないことは
全く意味が違うことを
多くの人は
知らない

協調性が重視される日本だが
確かに
それはとても意味があることだ

でも強調することと
自分を見失うことも
これまた
意味が違うのである

そして
いろんな場面において
人生を楽しむつもりがあるのかどうかが
大きく違う

そう
日本人は
真面目だ

貯金をするという文化が
その象徴でもある

将来の不安のために
今を犠牲にすることを
美徳としている

事実
貯蓄も人生において
必要なことである

でも
本当に今という時間
刹那を楽しむつもりで
全力で生きているのかが
大きく違うのだ

私にそれがあるのかと問われると
確かに
他の日本人よりはあると言える

でも
まだまだ
十分ではないことも
分かっている

それでも
典型的な日本人に足りないものが何かを
部下の視点から見てみると
納得できることも
多々あるものだ

今を生きるということの
本当の意味を
日本人の多くは
知らない

楽天的であれと
言っているのではない

今をどう楽しむのか
常にその発想を持つことで
人生が
180度反転することも
あるに違いないのだ

人生の豊かさとは
今、この瞬間
いつもの毎日の
積み重ねで決まるものである

だとすると
日本人は
豊かさの意味を
考え直しえてみると
今以上に
得られるものがあるのかもしれない

La Carrière -Mariko