髪型、姿、形

子どもの頃の写真を見返すと
私の髪は、長い
しかも常に
おさげになっている

これは母曰く
夢だったことを
やっていただけ、というのである

母はみつあみのおさげ姿が好きで
自分の娘の髪を
毎日欠かさず結っていたのである

妹と二人並んでいる写真も
ほとんどがおさげ姿である

時が過ぎ、中学生くらいになると
次第に
自分の好きなスタイルというものが
確立し
親に髪を結ってもらう機会など
ほとんどなくなった

大学生の時に
初めて髪の毛をショートにした

そのあとずっとショートヘアが
私の基本スタイルになり
なんとなく
また伸ばし始めた

切ったり伸ばしたり
そんなことを繰り返している

髪を結えるのは幸せなことだなと
改めて、思う

自分の髪をまとめあげながら
髪の毛はイメージを大きく変える
道具であることを認識させられる

母親が乳がんになった時
抗がん剤の影響で髪の毛がなくなり
ウィッグを付けていたのを
思い出す

ウィッグであったとしても
自分の姿に
誇りを持てるのは
意味のある自己肯定である

そういえば編み込みが
長い間できなかった私は
大人になってから
人に教わった

しかも
なぜかそれは
ラオスの空港のラウンジで、であった

自分の髪を結いあげるのは
簡単なことではない
身体や指先が
柔らかくないと難しい

私はフライトの中で
何度か練習し
ラオスから帰国した際には
自分自身で編み込みが
できるようになっていたというわけである

髪は女の命という言葉があるが
それはある意味とても正しい

年齢と遺伝から
髪の色に気を使い始めるターニングポイントでもあるが
自分をどう見せたいのか
もしくは魅せるのか
考えなくてはと思う

ルブタンを足元にまといながらも
自分の容姿が気に入らない

そんな自分には、なりたくない

自分が好きだと思えるスタイルであったり
人から良いと思えるスタ入りであったり
選び方は様々だが

いつも自分に自信を持てるような
姿・形でありたいと思う
もちろん
ルブタンをおともに、である

La Carrière -Mariko