ヨガでの違和感

ストレッチではなく
身体を動かしたいという思いから
ヨガへ足を運んだ

日本のヨガ教室は
不思議だ

講師の話し方が
異様に幼く感じるのである

女性専用のヨガも
たくさんあり
事実
男性がヨガにいることは
稀有な感じである

確かにこのペースのヨガでは
男性には物足りないだろう
私自身も
物足りなさを感じ

結局
ヨガ教室から
足が遠のいてしまった

声の出し方ひとつで
人間の印象は
こうも変わるのである

幼稚な方が
好印象と思われているのだろうか
それとも
その方が受け入れやすいと
思われているのだろうか

Le SanctuaireのMidoriさんが
ヨガの講師だが
声の哲学について
語られていたのを
思い出す

ハイヒールコーチとして
求められているのは
リラックスでも
可愛さでもない

なるほどと
合点がいった

そこでひとつ
思い出したことがある

日本は
自己責任ということが
問われない国だということ

だから何かしら
体調不慮や
気分が悪い
もしくは怪我などがあると
インストラクターに
責任を取らせようとする

世界では
そんなことはあり得ない

あくまで
インストラクターは
どう動くのか、ガイドは出すが
実際の動きを決めるのは
この、私
自分であることを
忘れてはいけない

自己責任がないため
何もかもが
幼くなっていく

それが
日本のヨガレッスンから受けた
印象であった

日本人女性は
可愛らしくあろうと、する

それは幼稚なこととは
同じでは、ない

どうも可愛らしいことと
幼稚なことが
同義になりつつあるように
感じる時がある

自己責任、という言葉

自分でやること
行為に責任を持つこと

その点があるのかないのかが
実は幼稚さと
可愛らしさの文化に
つながっているような
気がしている

La Carrière -Mariko