誰もが世界基準を目指せる理由

世界を相手に活躍する人と聞くと

英語がNativeで
留学経験があるとか
海外に住んでいたとか
そういう人を想像する方の方が
多いのではないかと思う

今でこそ
異文化理解だとか
多言語の社会のこと
世界で戦うために何が強みで弱みかを
それなりに
語れるようになったかもしれないが

私は純粋に京都の片田舎で育ち
社会人になるまで
ずっと実家暮らしであった
そんな
ただの市井の一人である

唯一違うとすると
人と合わせることに
違和感を感じる子どもであったことだろう

私は、私である

そのことを知りながら
生きていたのだと思う

他人と合わせて生きることと
自分らしさを大事にすること
その二つは
共存できるはずなのに

小学校では共存ではなく
他人と合わせることに注力されるような
教育がなされていた

だから私は中学校から
地元に進学するのをやめた
親がそのことに理解があったのは
本当にありがたかった

個を伸ばす教育をポリシーにしている
別の学校へ進学したのである

そしてそれは
本当に正解だった
多分地元の中学校へ行っていれば
私は優等生から劣等生へ
ただの怠けた人に育っていたと思う

個性を伸ばすというのは
協調性を失くすことにはつながらない

得意な科目
苦手な科目
もしくは課外活動など
いろんな過程を通して
人は得意不得意を知っていく

人間関係も同じである

初めて会う人に
どこまで心を開くのか
その匙加減は人によって
大きく違うものである

いつから私が
こんなにも誰にでも
心を開いていまうようになったのか
正直よくわからない

でも私は
子どもの頃から
誰にでも親切であったと聞く

親切だったのか
おせっかいだったのかは
知る由もないことだが

そういう個性を理解して
伸ばしていくことが
世界で働く時の
強みになっていることは
間違いないと、言える

英語の能力だけが
世界で働ける基準なのだとしたら
私は当に淘汰されていたと思う

自分の特徴を理解し
強みをさらに強化すること
弱みであるところは
カバーできる方法をさがすこと

そんな風に成長を遂げたことで
世界の人々と平等に渡り歩けるだけの
生きるチカラであったり
自分の想いを言葉にしたり
表現して伝えることができるようになったのだと思う

だから

英語ができなくても
世界で勝負できる力が
誰にでも身に付けられる機会があることを

私は世の中の人に
伝えられたらと思っている

もちろん、英語はできることに
越したことは、ない
(と、自分への戒めとして書いておこうと思う)

La Carrière -Mariko