英語コンプレックスと手をつなぐ

ずっと日本で育ち
留学経験と言えるほどの留学経験もない私が
どうして今
世界を相手に
働けるような人になったのか

しかも
英語は万年3が取れれば御の字という成績で
苦手科目の筆頭であった

思い出すと
ある意味どうしてこうなったのかなと
自分でも分からないのが
正直なところでもある

でもきっと
下手なりでも英語とは
一生付き合わなければと思ったきっかけは、ある

私は今でも英語への
コンプレックスがあるが
英語の授業で
唯一救いだったのが
高校二年生の時にあった
Side Readerという授業である

英語で書かれた物語を
ひたすら読みまくる授業である

この授業は面白かった

国語の授業と違い
主人公はどう思ったでしょうか?
などと聞かれることはなく

書いてある文面から
何がどうなったのかを
読みだす授業であった

英語の辛さよりも
お話を読む面白さで
この授業を乗り越えたのだと
記憶している

アメリカの子どもが読む話や
オチのありなしは
理解を超えているものも
多かったが
それがまた
面白くもあった

ここで、英語が好きになっていれば
世界はもっと
変わっていたかもしれない

でも、私の世界が変わるきっかけが
ここにあったのではないかと思う

サイドリーダーで読む本は好きで
そちらの成績は良かったのだが
肝心の英語の成績が
一向に上がらなかった

それを疑問に思った英語の教員に
ある日質問されたことがあった

Marikoは英語が嫌いなんか?

その質問に
はい、嫌いです
だいたい文法が何を問われているのかも
さっぱりわかりませんと
答えたことを覚えている

するとその場で
なるほど、と一冊の中学生向けの
文法書を手渡された

毎週1単元でもいいから
やって来いや
俺、見たるわ

先生の軽い思いつきであった

最初の1問目から
つまづいたが
とりあえずやり始めた

でもとりあえず週に一度は
英語の問題を解いては
先生に提出するという習慣が始まった

そしてそれはその後
高校卒業まで続く

その結果
英語ができるようになったわけではないが

とりあえず英語でぎりぎり赤点で
3を取るということは
回避できるようになってきた

これで私はなんとか
高校時代を生き延びた

今でもその先生に感謝している

そして彼は
私が英語で仕事をしていることを知った時

ほんまかいな
地球がひっくり返ることもあるんやな

と言って
喜んでくれたことを
覚えている

英語ができなった高校生も
英語で仕事ができる大人に変わったかもしれへんけど
でも英語コンプレックスは
一生残るんやけどね

と、答えると

そんなもんや
一生コンプレックスでええねん
その方が勉強するやろ?

と笑顔で私に返すのであった

コンプレックスと手をつなぐこと
それが苦手克服の第一歩だと
大人になってから、納得するのであった

La Carrière -Mariko