他人と違うことは、当たり前である

最近は、やむなく出勤する際は
COVID-19のニュースを知りたく
朝8時にオフィスに入る直前に
必ず短いニュースを
ラジオで聞くようにしている

今朝も気が付くと
時計が7時58分を指していた

私は通勤時にまずは
Podcastで日本の英語ニュースを聞く
そのあと
ラジオでクラシック音楽を聴いて
リラックスしてから
オフィスに入るのを日課にしている

ただ、最近は
8時に流れるニュースを聞くために
クラシックのチャンネルから
メキシカンポップスが流れるチャンネルに
変えている

朝の通勤時に
どんな音楽を聴いているかで
個性が出る

朝から大好きなアーティストの曲を聞き
歌いながら来る人もいれば
ラジオを淡々と聞いている人もいる
クラシックを大音量で聞いているのは
私くらいかもしれないが

とにかく、十人十色なのである

子どもの頃から
私は
他人と自分が違うことを
知っていた

誰かに合わせようとは
一ミリも思わなかった

だから今、ここにいるのだ

他人と違うことを
違いを伸ばすのでなく
協調すること
つまり
他人と合わせることを
教えている日本の学校では
私は苦しい毎日を過ごしていた

それは小学校時代に遡る

小学校が大嫌いで
塾が大好きであった

塾の先生たちは
個性豊かで

例えば
今から約30年前のインドや中国に
留学、研究していた文学者が
国語の先生であった

個性を伸ばす教育を

個人の能力に見合うよう
成績でクラス分けされていた

競うためだから、と
それを否定する人が
今の時代はいるかもしれない

でも
子どもの能力や
その時点での才能に合わせて
それ相当の教育を与えることは
本当に意味がある

私は本当に塾が大好きであった

塾がなければ
私の小学校時代は
暗黒時代であっただろう

だから
他人と違うこと
差があることを
否定しないで欲しいのだ

他の人と比べると
優っているところ
劣っているところ
どちらも、必ずある

しかし、優っているか劣っているかは
強み、弱みという言葉で
置き換えられる

優っていると思うところは
強みである
他人と比べて
相対的に見て
貴女が得意としていることである

劣っているところは
弱みである
弱みは、強みの裏返しでもある
だから
弱みを強みに変えていくか
もしくは
それを補う何かを足せばよいのだ

誰一人
地球上で
同じ人はいない
遺伝子でさえも
同じ人は、いない

だから、違うのが当たり前なのだ

協調するということと
個性を持つということは
両立できる

これからの時代
個性を持った人たちが集まって
新しい何かを創り上げるための
協調が
求められている

La Carrière -Mariko