何を隠そう
私は英語が嫌いである
私以外にも
英語で苦労している人は
少なからずいると思いたい
それくらい、嫌いなのである
世界中の英語を話す人を敵に回すかもしれないが
中学一年の時から
約三十年弱たった、今の今も
英語が嫌いなのだ
それは苦手意識から始まった
英語の最初の授業から
躓いてしまったのだ
This isとThat is
その違いが分からなかったのだ
正直に言わせてもらうと
英語担当だった教員の教え方が
悪かったのも事実である
というのも
同じ英語クラスを取っていた人たちのほとんどが
英語が嫌いだと言っていた
これは、偶然ではないだろう
誰に最初に教わるかは
とても大事なことでもある
最初の授業からついていけなくなった私は
初対面の日から
英語アレルギーになってしまったのである
できれば英語と無縁の生活をしたかった
その思いは、実は今も同じである
たとえ毎日、英語を使っていても
好きになれないのだ
困ったものである
しかし
世の中はそんなに甘くない
世界を相手に働きたいと思うと
英語は今や必須である
苦手だとか嫌いだとか言って避けていては
自分のやりたいことができなくなるのである
嫌いでも向き合わなければならないこと
それが私にとっての英語である
それは
持久走が嫌いだった人が
バスケットボールをやりたいと言うことに
とてもよく似ている
バスケットボールは
コートの中を走り続けるスポーツである
走る能力と持久力なくして
プレイすることが難しい
バスケットボールをやりたければ
長距離が走れる体力を身に付けるべく
毎日走るしかないのだ
英語を話せないから
世界を相手にできないというわけではない
でも
英語と向き合ったからこそ
開けた世界もあるのである
英語が話せなければ
出会えなかった人たちが
たくさんいるのも事実である
私も未だに英語は勉強を続けている
が
ハイヒールのレッスンを言い訳に
英語の勉強時間を
真っ先に削ろうとしている我が身を見て
やはり思うのである
私は英語が嫌いなのだ
これから世界へ出て行く人に
ただ一つ言えるとしたら
英語は使えるようになってもらいたい
そして可能ならば
好きになってもらいたい
私のように
無駄な苦労をしなくても良い道を
選んでもらいたい
そして
英語が嫌いなことを克服された方が
いらっしゃるのであれば
是非その方法を伺いたいと
思っている
La Carrière -Mariko