種を植える人、育てる人

在宅勤務の今
私の口から
自分のスタッフに
日本に帰ることになったと
伝える機会は
画面越しとなった

一人一人への
溢れる思いと

この4年に渡り
異国人である
私を受け入れ
育ててくれた
メキシコという国の人たち
そして土地への
愛情のようなものが
溢れかえり

あまり
きちんと
話せなかったと思う

あと二か月弱

涙なしで過ごせる日を
何日作るか

恥ずかしながら
それが
今の私の目標である

異動することが
決まってから

実は
毎日
誰かに泣かされている

例えば
今回の異動のために
全力でサポートをしてくれた
アメリカの上司

将来への種は
仕込めるだけ仕込めばいいと思いますが
自分で
育てられなくても
誰かが育てられれば
実がなるものです

との言葉を頂いた

そう、そうなのだ

私は昔から
誰かに甘えるのが苦手だった

それはある意味
部下や誰かに
権限移譲をする、という行為が
苦手なのかもしれないと
いうところに繋がる

そう、ここが終わりじゃない

まだまだ私の人生そのものも
仕事人としてのキャリアも
続いていくのである

いつかこの経験が活きる時が来ます
その時はアドバイスとして
あなたの経験を伝えれば良いのです

アメリカの上司は
こうも言っていた

なかなか直接会えるわけではないが
本当にこれだけのことを
考えてくれる上司に恵まれて
私は幸せ者なのだろうと
実感した

ここで
どうして治療が上手くいかず
私は会社で歩んできたキャリアまで
自分で一旦Give Upしなくては
ならないのだろうかと
嘆き悲しむのではなく

この経験が活きる時が来るために
学んでいるのだと

そして
そう言う風に
背中を押してくれる人がいて
なんと幸せなのだろうかと

またそれで
胸が熱くなる

いつの時代も
きっと私たちの人生は
誰かを幸せにするために、ある

それは会社の中であったり
社会を改革するためのものであったり
家庭の中であったり
友人関係のなかででも

どこであっても、同じである

私はこの4年で
誰かを
少しでも幸せにできたのだろうか

答えはきっと
未来にある

私が蒔いた種が育った姿を
いつか
目にする日が
来ることを
信じよう

La Carrière -Mariko