遠く離れた地で、夫が入院したら

以前、遠距離夫婦という選択に記載したが
私と夫は
結婚してからも
住居を別々に構えている

近い将来
世界のどこかで
一緒に住みたいと思う気持ちはあるものの
お互いのキャリアや仕事を考えた結果の
結論である

先日夫が体調不良を訴え
緊急入院するということがあった

もちろん
心配ではあった

しかし
遠く離れた地にいる私に
できることなど限られている

こんな時に
夫に励ましのメールを送りつけることが
最善の行動ではない

こんな時に
飛んで行くことが
最善の策でもない

なぜなら
タクシーを捕まえるのも
信用のおけるドライバーを探すなど
そう簡単にはいかないためである

私はただ見守るしかなかった

夫と親しくしてくれている
友人夫婦が
本当に力になってくれた

彼、彼女たちには
どれほど感謝してもしきれないが
困ったときはお互いさま、という気持ちで
向き合って下さったことがありがたい

さらに
過剰に心配をしたからと言って
夫の病状が良くなることもない

こういう時に
私ができることは
助けてくれた友人夫妻に
精一杯の礼を述べ

病状が落ち着いたら
夫に声をかけることくらい
である

日本人はとても心配症の人が多いと
言われており
貯金という行為が
その代表的な性格を表している

そのため
私が心配をしたところで
事態が変わらないのだと説明をしても
理解をしてくれる人は
そう多くは、ない
むしろ
冷たいのではないかと
言ってくる人も現れるほどである

しかし
離れた場所に居る私が
眠れないほど心配したところで
夫の病が良くなることもない

さらに
タクシーや移動の手配も終わっていない中
掛けつけたところで
夫の周囲の人たちに
さらに迷惑をかけるだけである

心配をしないわけではないが
そのことばかりにこだわっていても
事態が変わるわけではないというのも
また
事実なのである

心配とは
心を配る、と書く

本当の意味で心を配るというのは
不安だと思う気持ちに焦点を当てるのではなく
今何が一番必要とされていて
それを届けるためにどうするか
ということを
考えることではないかと
私は考える

La Carrière -Mariko