ハイヒールとの出会い

それは2011年に遡る

パリのグルネル通りにある伝統的なパッサージュ
クリスチャンルブタンの本店

ハイヒール好きの
パリから間もなく帰任するという友人に付き添い
パリに住んでいた友人たちとともに
興味本位で店舗に脚を踏み入れた

店内は適度な人数で接客できるよう
入場人数を制限するなど
顧客に配慮していることが一目でわかる店だった

友人が黒いハイヒールを試着している間
店内を見回していると
先が細く美しいパイソングリッターの
ハイヒールが目に入った

見渡す限り
最もヒールの高さがないものであった

美しくとぎすまれた
武器のように
先端が尖ったその靴は
蛇の魂が乗り移ったかのように
輝いていた

その美しい靴のある風景に見とれていると
きっとお似合いになるかとと
店員に声を掛けられる

ハイヒールを身に着けることなど
考えてもみなかったのだが

自分の小指よりもはるかに短い
35ミリというヒールの高さに後押しされ
興味本位で足を入れてみることにした

細身の濃紺のジーンズに
ハイヒール

鏡には別人のように
エレガンスすら感じさせる脚の女性が
映っていた

驚くべきことは
ハイヒール一つで
こんなにも印象が変わるということだった

同じ濃紺のジーンズ姿ではあるが
そこには、明らかに女性である私が
映っていた

試着をしていた友人たちからも
素敵
ハイヒールとジーンズ、似合うね
などと声をかけられ

低いヒールからチャレンジすればいいとの言葉に
これなら歩くことができるのではないかと錯覚した

結局その日、ハイヒールを買ったのは
日本に帰る予定の友人ではなく
パリ在住の友人と、この私だった

人生ではじめて身に着けたハイヒール
それが、クリスチャンルブタンだった

しかし、世の中はそんなに甘くはなかった

いざ、歩いてみようにも
どのように歩くべきなのかが分からなかった

普通にかかとから足をついて歩いていたのでは
この美しい木目のヒール部分を痛めてしまうではないか

困り果てた私は
ただ
その靴を眺めて過ごすだけだった

クリスチャンルブタンは私の家の玄関の
美しい飾りになった

しかし、全てはここから始まった

 

La Carrière – Mariko